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次の日、金曜日。 昨日は色々な問題が無遠慮に俺へと押し寄せ、また、古泉とケンカじみたもんまでやっちまったがために、俺も閉鎖空間を作り出してしまいそうだと思わんばかりのグレーな気持ちで帰宅することとなった。 帰ってからの俺の気分はハッキリ言って北校に入学して以来最悪な状態を記録していたが、やっぱりトンデモ空間などは発生していなかったようなので、つくづく自分は普通の普遍的一般的男子高校生だと思い知る。 しかし普通の高校生はそんなこと考えんだろうとも思い、そうやって俺は己の奇異さにも気づいたのである。 そして今朝の登校の際には、今度はブルーな気持ちを抱いていた。 一年前にも俺はこの長く続く坂道を憂鬱な気分で歩いていたが、それはこの理不尽に長い通学路に対し学生が交通費支給デモという意味不明な行動を起こし、そしてその理不尽な要求が通ってもおかしくないほど強制労働的であるがゆえだった。 もちろん、今は違う。では何故ブルーだったのか。 それは、今日の俺の心の中は鬱々前線真っ盛りで人的災害警報が発令中であり、本日は晴天にもかかわらず、所によりハルヒの矢のような叱咤が降り注ぐでしょうという予報も出ていたからだ。 どんな人的災害に注意が必要なのかといえば、ナイフを持った女子高校生通り魔との遭遇によって刺殺されないようにせよということである。それが予報であるのは、まだ《あの日》に行くと決まったわけではないからに他ならない。俺も長門も、是非免れたい危機である。昨日のそう遅くない夜、長門に電話をしてみたもののコール音しか返事をしなかったのも気に掛かるんだ。やはり……あいつの感情の部分は強くなっているのだろうか。何度も電話をかけるような無粋なことはしなかったが。 そしてハルヒの叱咤の雨が降るとされた場所は学校の教室で、その局所的な矢の雨が降り注ぐ地点はもっと詳しく予報されていた。そこはあいつが座っている席の前……つまり俺の席だ。正直、これは間違いないと感じていた。なんせ、その現象が起きる原因とされたのは俺なのだから。 とは言うものの、その大元の原因を作ったのは何を隠そうハルヒ自身なのだが。 そう。俺は今週の頭、編集長へとジョブチェンジしたハルヒ団長殿に磔にされて「恋のポエム書け!」という無茶な命令を受け、そして俺はその任務を今日も完遂出来なかったために、ハルヒは今度こそ俺を視線や苦言やらで射殺さんとするだろうというこれは不可避の人的災害だと予想されたのだ。このときは。 教室に着いた俺にハルヒは一言ポエム作成の進行状況を聞き、歯を食いしばって目をギュッとつむった俺に意外にも、 「……そう。期日が迫ってるから、明日の不思議探索は機関紙の制作にまわそうかと考えてたんだけど」 と、危険な不思議探索をやらずにいられるならポエムを書いたほうが良いのかなと俺に思わせるようなことを言い、 「うん、書けないってんならしょうがないわ。じゃあ、明日の探索は、気合入れて不思議ちゃんを探しに行くわよ!」 そして決心させた。探索の対象が単なる自称異星人で実際は奇人ちゃん程度ならどれだけ良いか(会いたくはないが)と俺が思っていると、ハルヒは続けて、 「そろそろ本当にSOS団結成一周年なんだもん。このまま何も見つけられずにその日を迎えたんじゃ、この団の創立目的が忘却の彼方に追いやられちゃうかんね!」 その目的を達成したがために異世界は忘却の憂き目に遭遇しているんだぞとは言えず、俺は、今こそSOS団が不思議発見を断固否とするべく再結集するときなのだなとおもんばかっていた。 だが、この時点での俺はまだ気付いていなかった。既にハルヒの周りでは、渦を巻いて事態が錯綜していたことを。 昨日の災難はまさに俺たちが問題の渦中に放り込まれたというだけで、こいつが静かであるのは、ただ、台風の中心は不気味に静かだということだったんだ。 以前の俺は、あいつらに勝手にやってろなどと言ったこともあったが……今は違う。 この一年、俺はハルヒたちに散々な目に合わされ、自分の生き方が大きく変わってきた。 だが、振り返ればわかる。 これはもちろん、散々楽しいことを俺たちSOS団が行ってきた結果、俺の世界が大いに盛りあがったということだ。 だからというわけじゃない。俺は当然のこととして、今回の問題にぶつかることとなる。 それが動き出したのは、午前の部の中休みの谷口と国木田との会話からだったのだろう。 そして、この事件の中心人物は二人いる。 一人はもちろんのこと、そしてもう一方は当たり前であった。お気づきだろうが、あえて名前を呼ばせて頂く。それは――、 ハルヒ。 長門。 ……事件は、俺の予想斜め上で降りかかる。 なあ、教えてくれないか? お前たちの願いってのは……一体なんなんだ? 第七章
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今までにも、谷口にはいろいろとおかしな事を言われていた。 「お前には涼宮がいるんだろ?」とかな。 しかし・・・・ハルヒが俺のことをなんてよく言ったものだ。 有り得ん。地球が逆回転を始めようが、天地が逆転したところで有り得ない話だ。 俺は単なる団員その一にすぎない・・・いや、「その他雑用係」のような扱いすら受けているのだ。 ハルヒが俺のことを好いてるんだとしたら、もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。 せっかくの休日だというのに野球大会に参加させられたり、孤島までひっぱりだされたり、 荷物持ちさせられたり奢らされたり、冬の雨の日に駅二つはなれた電気街までおつかいさせられたりしたんだ。 こんなことさせるか? 普通。いや、あいつに普通とか日常やらを求めること自体愚かだということは理解しているが。 「有り得ないと思うぞ、谷口」 という俺の反論を谷口は否定する。 「いやぁ、何も無いって方がおかしいだろう? キョンよぉ」 おかしくも何ともない。普通の毎日だと思うぞ、俺は。 「毎日朝にイチャイチャしながらおしゃべりして、」 イチャイチャは余計だ、イチャイチャは。 「二人とも放課後は必ずと言っていいほど部室に向かう」 サボったらあいつが怒るだろうからな。仕方あるまい。 「あいつが『寂しがるから』じゃねぇのか?」 ・・・・だめだ。付き合いきれん。 ハルヒを一般的女子高校生と同じ視点で捉えてはいけないんだよ。 お前の常識が、あいつに通じるはずは無いんだ。 「アホなこと言うなよ。じゃあな」 弁当箱をナプキンに包み、カバンに放り込む。 「おい、キョン!!どこ行くんだよ」 ・・・放っておいてはくれないのだろうかね。適当に返答しておこう。 「腹ごなしの散歩だ」 まぁ散歩というのは半分嘘である。行き先は一応決まっているのだ。 SOS団アジトもとい・・・文芸部室に向かうことにする。 昼休みを静かに過ごすにはちょうどいい場所だ。 おそらく部屋の中には長門しかいないはずだ。 しかし、万が一のこともあるので(特に朝比奈さん関係)一応ノックしておこう。 コンコン・・・と軽く音をだし、ドアノブに手をかけようとしたとき。 聞いたことがあるような、しかしそう何度も耳にしたものではない・・そんな声が俺を招いた。 「どーぞー」 この声は、長門のものではない。いや、そもそも長門はこんな発言をしない。 ハルヒの声でもない。あいつにしては高い声だ。 朝比奈さんか? いや、朝比奈さんのものとも違うようだ。 女子の声なので古泉説は即却下である。いつかのように声マネでもしていたら殴ってやろうか。 ・・・・そんな思考を頭の中でぐるぐるさせつつドアを開ける。 するとそこには、パイプ椅子に座る、今朝あったばかりの人物の姿があった。 「あ、キョンさん。こんにちわ」 渡が、すぐ目の前にあるパイプ椅子に本を手にして腰掛けていた。 その本は、長門がつい最近まで読んでいたもの。 哲学系やミステリ系の物ばかりよんでいたあいつが最近良く手を出す種類の本。 恋愛小説だ。ケータイ小説を本にしたものらしい。 「長門に借りたのか?」 分かりきってはいるのだが、一応聞く。 あいつが他人に本を貸すところを見たことはあまりないからだ。 「はい。何かおすすめの本とかありますか?って聞いたらこれって」 長門のおすすめがこれ・・・ねぇ。意外としかいいようが無いな。 と呟いたら、渡に怒られた。頬を膨らませて、 「失礼ですよ。長門さんだって年頃の女の子です」 本当は宇宙人製のアンドロイドなんだがな・・とは言えるわけがない。 ここは素直に同意しておこう。 「あぁ、そうだな。ただ、長門がこういうのを読み始めたのはつい最近だからさ」 俺は単に、哲学物を読むのには飽きたのだろうとしか思っていなかったのだ。 好んで読んでいるとはな。やはり、ユニークなのだろうか。 ・・・それより、何でお前が部室にいるんだ? 「校内を探検してたんですよ。その途中で来たんです」 校内回りを探検と称するのは小学生とかせいぜい中学生ぐらいだと思うが。 まぁ、さして気にしないほうがいいのだろうな。 とりあえず、俺も椅子に座ろう。 そう思い歩きだそうとした瞬間・・・さっき開けたばかりのドアが開かれた。 思い切り開け放たれたそのドアは、目の前にいた俺の背中を直撃し突き飛ばした。 不意打ちを受けた俺は前のめりになって倒れこむ。 それだけならよかった。痛いだけで済む話だ、だが。 現実は違った。 「きゃっ!!」「うぉっ!!」 ・・・目の前にいた渡を押し倒すような感じ(実際そうだが)になってしまった。 床で仰向けになって倒れている渡の上に、俺が覆いかぶさっている。 四肢で体を支えているので、密着しているわけではないが・・・。 顔が近い。気色悪いときの古泉と同じくらいに。 急な状況に驚き、思わず息が止まっていた・・・しかし、ずっと息を止めてるわけにはいかない。 吐息がもれる。互いの息遣いが聞こえる。 妙に荒い自分の呼吸に気がつき、俺は飛び上がるようにして起きた。 ドアを開けた人物に文句を言ってやろうと振り返って、 「何するんだこの野郎!!」 と威勢良く発言したのはいいが、そこにいた人物を見てすぐに後悔した。 その人物は・・・眉間にしわを寄せ、拳をつくった手をわなわなと震わせていた。 「この・・・エロキョン!!!!!!!」 涼宮ハルヒがそこにいた。 ハルヒは俺をエロ呼ばわりしながら襟首をつかみ、ゆさゆさと揺らし始めやがった。 「このエロキョンが!!何で後輩を襲ってんの!?そんなのあんたには100万年早いのよ!!」 苦しい・・・苦しいから離せ、ハルヒ。そろそろ三途の川が見えて来ちまうぞ・・・・。 「何言ってるの。あんたが悪いんでしょ?神聖なる我がSOS団の部室でこんなことして!!」 「こんなことになったのはお前がドアをいきなり開けるからだろうが・・・」 俺の言うことは正しい。真実だ。神に誓おう。 なぁ、お前からも言ってくれよ渡・・・・と言いかけたところで気づいた。 渡が放心状態になっていることを。 仰向けのまま、ボーっと天井を眺めている。 非常事態というやつに、俺ほど慣れては居ないのだろう。 「そんなの関係ないわよ」 いや、あるだろ。 「この子をこんな状態にさせるほど・・・あんたは・・・あんたは・・・」 まて、ハルヒ。話せば分かる、なぁ。話そう、一時間くらい。な? 「そういうこと・・・したいわけ?」 ・・・・は? 「そういうこと・・・したいんでしょ」 「い、いや、そういうわけじゃ・・・」 曖昧な口調で話す俺。 そんな俺に、ハルヒは爆撃をしかけた。 正直、世界中どこをさがしてもこの破壊力をもつ物は見つからないだろう。 それだけ衝撃的で、しかも唐突だった。 「そういうことしたいんだったら・・・・」 正気の沙汰とは思えない、こんな言葉を。 あいつは、俺に投げかけた。 ・・・・というか投げつけた。 「・・・あ、あたしにしなさい!!!!!」 全世界が、停止したかのように思われた。
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2012年12月2日…今日というこの日を、俺は一生忘れることはないだろう。多忙的な意味で。 世界を救ったばかりだというのに、昼にはハルヒに叩き起こされ不思議探索。その後、大人朝比奈さんと 長門に会った俺は…今はとある書店の、とある雑誌コーナーの前にて立っていたのさ。カテゴリーは音楽系だ。 ふむ、いろいろ揃ってる。何々…最近話題沸騰のバンド、インディーズからついにメジャーへだと?? 気になる…俺はロキノンを手に取りかける。いや、待て、こっちのCD DLデータも見逃せない… バンプのインタビューが載ってんだから尚更だな。次にリリースする新曲と近々始まる全国ツアーへの 意気込みに関してか。後で読んでみよう。 一方、SHOXはDIR EN GREY特集…どっかで聞いたことあるバンドだな? ほお、欧州で人気確立とは。日本のバンドで海外進出ってのも…なかなか珍しい。 オリスタは、ああ、相変わらずアイドルばっかか。そういうのも嫌いじゃないんだがいかんせん興味が沸かない。 ただ、地味にシンガーソングライターの特集もやってるようだから一応読んでみるか。 …… …というわけで、結局主要雑誌には全て目を通した。いやあ、実に有意義な時間だった。そういや、こうして ゆとり持って音楽誌を眺められたのも随分久しぶりだな。以前はそれなりにチェックしてたはずなんだが… ハルヒとのSOS団が発足してからというものの、そういう日々もすっかりおざなりになっていた。まあ…もっとも、 今回俺がここのコーナーに立ち寄ったのも『あたしに曲を作って提供することよ!!』っていうハルヒの命令が 契機になってんだけどな。つくづく、俺はあいつに振り回されてんだなあと実感したよ、本当。ん?作曲? …… なんと、今の今まで俺は作曲の『さ』の字さえ忘れてしまってたらしい。忘れた上で、 俺は好きな歌手のページばかり見てたらしい。当たり前だが、それに比例して時間も潰しちまったらしい。 無意識のうちに現実逃避とは、これまた高等なテクニックを身につけたものだ。 「さて。」 家に電話する。 「今日は晩飯いらないから…ちょっと今友達の家にいてさ。 そこでとろうと思ってんだ。ああ、遅くとも9時までには帰るよ。それじゃあ。」 伝えるべきことをとりあえず伝えておく。なぜかって?とてもではないが、夕食の定刻ともいえる7時まで 帰れそうにないからだ。というか、今がその7時なんだよッ!!さらにここから作曲本に目を通すのだから… アーユーOK?瞬間移動や情報操作ができる長門でもない限りもはや不可能である。 「じゃ、気を取り直して本来の目的でも遂行しようかね…。」 作曲本は意外と早く見つかった。楽器店ではなく普通の書店だっただけに オーソドックスなものしか見つからなかったが…まあ、立ち読みする程度だし今の俺にはこれで十分だろう。 とりあえず【作曲入門】だの【初心者のためのコード理論】だのいろいろ読みあさってみる。 …… さて、およそ15分が経過したところだろうか。はっきり言おう。わからん! メロディーラインだけでいいと言っていたが…それさえも怪しくなってきたぞ。というのも… わかる人にはすぐわかるはずの基本的音楽用語でさえ、俺には理解しきれてなかったからだ。 つくづくと後悔する。もっと音楽の授業まじめに受けてりゃよかった。…しかし、俺にもプライド というものがある。一度引き受けたからには成し遂げるつもりだ…そう、ハルヒのためにも。 まあ、そういうわけで今日はこのへんにしておくか。帰って中学時代の音楽の教科書でも 引っ張り出して…それでもわからない用語があるようならネットで調べる等して補足しておこう。 粗方の知識が整った上で、また書店に足を運べばいいよな?できれば…今度は楽器専門店で。 去ろうとして、俺は持ってた本を棚に返そうとしたところ…不意に、背後から聞き覚えのある声がした。 「ククク…キョン、君もついに覚醒してしまったんだね。まさかミュージシャン志望とは思わなかったよ。 いや、作曲家志望だったかな?いずれにしろ音楽業界で生き抜いていくのは難しい…それはそれは、 激動の人生を歩むことになるだろう。聞いた話によると、全国でCDを1万枚以上売り上げるような バンドでも、その年収はフリーターと大差ないそうじゃないか。日本では特に、レコード会社や 広告代理店の中間搾取がひどいみたいだからね。必ずしも客観的に成功に見える人、あるいは 才能ある人が報われる世界ではないということさ。しかし、それを知ってもなお、そんな 未知の世界への挑戦をあきらめないというならば、僕はそんな君を全力で応援する次第だ。」 …一言、言っていいか? 「それが今日初めて会った人間に投げかける第一声か…!?長いッ!!長すぎるぞッ!?」 「僕がそういう人間だということは、とっくの昔に君は了承済みのはずだ。 別にそんなに驚くこともないだろう?あとね…ここは本屋だ。声の大きさには気をつけておくべきだね。」 お前がそうさせたんだろうが!?っと、いかんいかん。こいつ相手に本気になっても不毛だということを、 俺が誰よりも一番知ってるはずじゃないか…しかし、まさかこのタイミングでお前に出会うとは 想像だにしてなかったぞ…なぁ?そこでニコニコしてる佐々木さんよぉ? …ホント、今日はいろんな人間と遭う日だ。これも何かの巡り合わせか? 「とはいえ、いきなり話しかけたりしてすまなかったね。久々に君を見てしまったんで、つい…ね。 衝動が抑えきれなかったんだよ。旧友との素晴らしき再会、それに免じて許してはくれないかな? 「それに免じての意味がわからんが、あれこれ考えるのも面倒だからとりあえず許す。」 「そうこなくては。相変わらずノリがいいなぁキョンは。」 お前のノリは特殊すぎて理解不能だけどな。もっとも、相手が女子となると、 途端に口調が普通になるんだから本当…いろんな意味で掴みどころのない人間だお前は。 「まあ、さっきのは冗談としてだ、本当に君は何をしてたんだい?以前からキョンが 趣味としての音楽に熱心なことは知ってたが…ついにその熱意の延長線上として、 作ることさえ趣味の一つとして内包してしまった、といったところなのかな?」 「…そんな大層なもんじゃないぜ。まあ…これには海より深く、空より高い、 それはそれは複雑な事情があってだな…。」 「くっくっく…いや、失敬。君のそのしかめっ面を見て、一発で事情が呑み込めたものでね。 つまりあれだ、また君は涼宮さんたちと面白いことをしてるってわけだ。」 「一発でわかるほどに、俺の顔はひどく単純だったか?」 「おやおや、悲観してはいけないな。それが君の良いところでもあるんだから。おかげで、 僕は退屈することなく、こうやって優雅な時間を君と過ごせてるんだ。むしろ誇るべきじゃないかな?」 なんかもう、もはや喜んでいいのか悲しんでいいのかすら、わからんくなってきた。 しかし、実際のところはどうなんだろうな?思ったことがすぐ表情に出るってのは。それはそれで 円滑なコミュニケーションを…は!いかん!ヤツと本気で対峙してしまった時点で俺の負けだ…っ! 「…まあそんな具合でな、振り回されながらもなんとか生きてんのが俺だ。 そういうお前は何しに来たんだ?」 「それは、君に話さなくてはいけないものなのかい?」 質問を質問で返された。 「おいおい…俺だけ聞いておいてそれはないだろう… それとも、本当に知られたくない理由でもあるのか?」 「ないけどね。」 「じゃあなぜ話さない??」 「だって、そもそもその理由がないんだから話しようがないだろう?」 ニヤッとした表情を浮かべ、今か今かと俺の反応を待ち望む彼女。 ああ…そういうことですか。なんとなく『理由がない』の意味がわかった。 相変わらず、俺はヤツの詭弁に翻弄された哀れな子羊だったのさ。 「あのなぁ佐々木…それならそれで、始めから『なんとなく来た』って言え! ホント、紛らわしい言い方をするよなぁお前は…」 「ククク…そう、それだよ、そんな顔が見たかったんだ。」 「はぁ…」 ため息をつかざるをえない。 「まあまあ。たまにはこういう会話のキャッチボールも悪くないだろう?君も満更ではなさそうだしね。」 キャッチボールどころか、お前が投げる球は変化球ばっかだろ!?ちょっとはそれを必死に追いかけまわす 捕手の身にもなってほしいもんだね…というか改めて思ったが、やはり佐々木とハルヒはどこか似てる。 異なるベクトルで双方とも変人なのには違いないが…前者は意味不明の質問を、後者は無理難題な要求を 突き付ける辺り、立ち位置的にはかなり近いものがあるだろう。…古泉の例の憶測も、強ち間違っちゃ いねーのかもな。まさかこんなしょーもない会話でそれを実感しようとは、人生何が起こるかわからんな。 「ところでキョン。とっくに7時をすぎてるようだが…家のほうは大丈夫なのかい? いつもこの時間に席を囲ってみんなで食事してるのだろう?」 「ああ、いろいろあって遅くなっちまってな。だから家には連絡しといたよ。どっかで食べてくるってな。 お前こそ大丈夫なのか?門限とかどうなってるんだ?」 「おいおいキョン…中学時代ならともかく、高校生にもなってこの時間で門限云々はないよ。 時刻だってまだ7時をすぎたあたりだ。一応9時までとは決まってるけど。 それで…キョンはこれからどこかで外食でもしていくのかい?」 「ん?そーだな…考えてなかったな。まあ、一人で外食すんのもアレだから、 どっかのコンビニで適当に飯でも買って帰ろうと思ってるが。」 「一人で夜食とは、それはそれは寂しいことこの上ないね。」 はぁ…またそれか。何度も何度もそんな煽りに乗せられる俺ではないぞ。 「ああ、結構結構。寂しくて結構さ。」 「ん?反応を変えてきたね。なるほど、これはこれでまた面白い。くっくっく…」 ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。あきらめてしまってよろしいでしょうか? というか、俺以外であっても佐々木が倒される姿など想像できん。理論武装した古泉ですら 攻略不能なんじゃないか??とりあえず俺は途方に暮れてみた。 「まあ、そんな君にも朗報がある。実を言うと、僕も君と似たような状況下に置かれてるんだ。」 「じゃあ、俺とどっか食事でもいくか?」 「いいね。そうしよう。」 「ちょ、ちょっと待て?!?!」 ありのまま今起こった事を話すぜ。『冗談で言ったつもりが、いつのまにか既成事実と化していた。』 な、何を言ってるのかわからねーと思うが 俺も何をされたのかわからなかった。 頭がどうにかなりそうだった… ふんもっふだとかセカンドレイドだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ… 「似た状況って、お前家の人は??」 「仕事の都合で2人とも今日は帰ってこれないらしい。だから、僕はこうやって外を歩いてたというわけだ。 買い出しに行って自炊するか、弁当でも買って帰るか、あるいはどこかに行って外食でもするか… 結局どれでもよかったから、とりあえずは本屋に行った後で、そのときの気分で決めようと思ってたんだよ。 どうだい?納得したかな?」 大体の事情はわかったものの…納得するって一体何に??お前と一緒に食べに行くことか?? 「もしかして、本屋で俺に会ったから外食行く気分になったのか?」 「おいおい、何を言ってるんだい?今は僕の意志は関係ないよ。 そもそも、君が僕を食事に誘ったんじゃないか?」 なんということだ。揚げ足を取られてしまった。調子のったツケが返ってきましたよ、 それも物凄い早い時間でッ!こんなのってあんまりじゃね? 「キョンもなかなか殊勝なことを言うなって、僕は感心してたんだよ。 『一人で食べるよりみんなで食べた方が楽しい。』国語の文章にもよくある常套句だね。 そういう国家公認の美徳を自ら体現しようとしてた君が、僕にはまぶしくすら思えたんだ。」 「安いとこでいいよな?じゃあすき家にでも行くか?こっから近いしな。」 「僕はそれで構わないよ。」 俺は闘うことをあきらめた。っていうか放棄した。『ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。』逆襲編、 これにて完結。ちなみに続編の予定はありません。たぶん。 偶然客が空いてたこともあって、俺と佐々木は難なく席を取ることができた。 「で、佐々木は何を頼む?」 「キョンはもう決めたのかい?」 「いや…まだだが。」 「僕はキョンが食べるのと同じものにするよ。」 「それまたどうして?」 「気分さ。」 「……」 闘わんぞ…?闘わんと決めたんだ俺は!! 「ははは、これでは何とも抽象的すぎる回答だ。いや、何、久々に君と会ったんだ。 仲を確かめ合うためにも、なんとなく君とは違う料理を頼みたくなかったんだよ。 ふむ、説明したところで抽象的なことに変わりはなかった。ま、あまり深く考えないでくれ。」 仲を確かめ合うって、そんな大げさな。けれど、俺にはそういう佐々木の態度が嬉しくもあった。今となっては 俺は塾に通ってないし、ましてや在籍してる学校も互いに異なる2人だが…そんな希薄な関係であっても、 俺とは親友でいようと佐々木は思ってくれているのだ。そこまでされて何とも思わないような奴は、残念ながら 人間的ともいえる基本的感情が欠落してるとしか思えない。もっとも、俺と佐々木は、厳密にいえば無関係 というわけではなかったのだが。雪山での遭難事件以来、藤原・橘・周防といったSOS団の面々と敵対する 連中が現れ始め、そいつらが佐々木の取り巻き(本人はそうは思っていないが)となってしまっていたのだ。 あのときは本当に驚いた…そりゃあな、宇宙人、未来人、超能力者といったとんでも存在ならまだわかる。 まさかつい最近まで親友であり、そしてごくごく普通な一般生徒であったはずの彼女が(性格はともかく) 一体どうして涼宮ハルヒにまつわる事件の当事者になっていると考えられようか??言うまでもなくありえない。 妄想であってもそんなこと考えもしないだろう。ならば、古泉・長門・朝比奈さんたちからすればハルヒの 重要なカギともいえる存在だった…そんな俺が佐々木とは関係ないなどとは、もはや口が裂けても言えない。 言えるとすれば、あまりにそれは無責任で、そして現実逃避そのものとなろう。 …… ここまで考えてふと思った。いや、単なる俺の思いすごしかもしれんが…どうも、『仲を確かめ合う』この言葉が 引っかかった。もちろん聞いて嬉しかったし、佐々木が今このタイミングで言った理由もわかる。客観的に見れば それで解釈は終了なんだろうが…どうも俺にはそれとは別のニュアンスがあるように思えた。言うなれば、 『これまでの関係が白紙になったとしても、君は僕と親友でいてくれるかい?』こんなふうに…。根拠はない。 妄想かもしれない。しかし、ハルヒの能力が消えたかもしれない今、どうしても勘ぐり深く考えてしまうんだ。 …即ち、【これまでの関係】=【ハルヒを中心とした関係】が終わりつつあるのではないか… いや、もしかしたら終わってしまったのではないか?そんな予感が俺の中にはあった。 これが指す意味は、つまり佐々木の能力も、ハルヒのそれと同様に…ということである。 古泉の例の推論でいくならば、当然そうなるはずだ。もちろん、そうなった場合本人である佐々木も そのことに気付いてるはず。そのとき彼女は一体何を思ったのか…現在俺の向かい側にて 静かにメニューを眺めてる、そんな佐々木の表情からは何も推し量ることはできなかった。 しかし、結果的にはこのとき俺が…佐々木のことを必死になって推察する必要はなかったんだよな。 なぜなら数分後、本人の口から直接それを聞くこととなったのだから。 「で、キョン。もうメニューは決まったかい?」 「え…あ、すまん、まだだ。すぐ終わるから待っててくれ。」 「ふーん?おかしなもんだね君も。僕の顔を執拗に ジロジロ見るもんだから、もうとっくに決めちゃってるのかと思ってたよ。」 「!?」 視線を合わせたりはしてなかったはずなんだが…!? 「そ、それはあれだ、お前は今どんなモノが食べたいのかなーと、表情から伺おうとしてたんだよ!」 「別にそこまで配慮してくれなくていいけどね。基本、僕は何でも食べるから。 君の好きなように選んでくれていいんだよ。」 「そうだよな…ははは。」 「とでも言えば、満足かい?」 ッ?? 「くっくっく、キョン、それで隠してるつもりかい?その焦った感じ、適当に場を取り繕った感じ、 傍から見りゃ丸わかりだよ…?それにしても何をそんなに…くっくっ…どうしてくれるんだいキョン? 君のその二転三転する顔のせいで、こっちは笑いが止まら…くっくっくっ」 「……」 佐々木様には全てお見通しというわけですか。というか、今直感で思った。 こいつは将来検察官になるべきだッ!その頭の回転の速さ、そして鋭い洞察力をもってすれば裁判など、 瞬く間に終了だろう。弁護人の反論さえ許さない圧倒的詭弁術に加え、挑む者の気さえ削ぐ巧みな心理術… 佐々木みたいのが何人もいれば、裁判の長期化という国が抱える日本特有の司法問題も 一挙にして解決だろう!?ヤツの判断力ならば、冤罪が生まれる可能性も低いだろう。 もっとも…そんな量産型佐々木は見たくないが。こんなの一人で十分だ… 「とはいえ、こんなにも僕を笑わせてくれたんだ。その敬意に感謝し、 追求は控えておくとするよ。むしろ追求しないほうが面白そうだからね。」 「佐々木っ」 「ん?何だいキョン?」 「オクラ牛丼を頼もうと思うが、これでいいか?」 「いいんじゃない?しかし、そんな『オクラ牛丼』という突飛な名前だけじゃ、 僕の気はそれないんだなこれが。チョイス自体は悪くなかったと思うけどね。」 「そうですか。」 俺は抵抗することをあきらめた。っていうか放棄した。さっきも似たようなことを言った気がするが、 んな昔のことは忘れた。もう知ったこっちゃねーや。 しばらくして店員の方が来てくれた。さすがに前回みたいに機関の人間… というわけではなかったので、そこは安心した。もしまた森さんだったらマジメにどうしようかと思った。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 「ええっと…オクラ牛丼2つで。」 「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」 そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。 「じゃあ特盛りで。」 「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」 厨房へと去っていく彼女。 …… 実は今、俺の腹は極限状態だった。皆さんはお気付きだろうか?今日一日の、 今に至るまでの俺の食事情を…!まず、朝食は食ってない。起きたのが昼の3時だったからだ。 で、そこから急いでハルヒたちSOS団と合流して、まずは喫茶店でオレンジジュースを一杯飲んだ。 そして不思議探索中に古泉・朝比奈さんに断って肉まん、おにぎりを腹に入れた。 そこからまた、いろいろ長いプロセスはあったものの…とにかく、その間は何も食していない。 長門のウチでカレーくらい軽くごちそうさせてもらったらよかったかもしれない…後の祭りだが。 つまりである、おわかりだろうか??今日昼に起きて、そして現在夜8時におけるまで… 俺はオレンジジュース、肉まん、おにぎりの3品しか食っていないのである!! 大人朝比奈さんとの話、そしてさっきの作曲本との格闘では、精神的余裕がなかったことが功を成し、 おかげでそれほど顕著な空腹感は覚えなかった。しかし、外食店に入った今となっては限界だ… 意識せざるをえない…!昨日あんなことがあったばかりで、にもかかわらずハルヒに 叩き起こされ、今の今まで奔走してきた俺を一体誰が咎められようか??いや、むしろ褒めてくれッ!! 食事の到着をまだかまだかと心待ちにしながら俺は 切実に、そんなくだらんことを考えていたのさ。 「なんとも…悲惨なくらいに追い詰められた顔をしているね君は。さすがにこの有り様じゃ、 僕でなくとも君の異変には気付くよ。そんなにも腹が減っていたというのかい??」 俺は心なしにそう頷く。気付けばテーブルの上に顔をうつ伏せているではないか… 空腹というのもあるが、何より昨日からの疲労の蓄積というのも大きな原因だろう。 「なあ…佐々木よ。今日って日曜だよな?」 「ほ、本当にどうしたんだいキョン??さっきまで僕の理不尽な質問に 元気よく付き合ってくれてた君は、一体どこへいったというのか??」 ああ…理不尽って自覚はあったんすか佐々木さん。それは何よりです… 「それより…日曜だよな?今日は。」 「そ、そうだよ。日曜だね。」 さすがの佐々木も俺の途方ないマイナスオーラを感じ取ったのか、 すっかり萎縮してしまっている。なんとも、珍しいものが見れたもんだな。 「ってことは…明日はつまり月曜か…」 「きょ、キョン…」 なんということだ…こんな調子で、明日学校だというのか??宿題は??授業は?? いや、そう焦る必要もねえ…要は宿題はやらなきゃいいわけだし、授業中は寝てりゃいいんだ。 なんだ、簡単なことじゃねえか? …… そうでも思わないと、もはややってられない俺なのであった。 …… 「…1日くらい休んだらどうだい?」 「…え?」 今何か佐々木が言ったような気がする。何を言った? 「1日くらい休んだってバチは当たらないということさ。むしろ、今は12月という最も冷え込む時期。 そんな中無理して体をこじらせたら、それこそ本末転倒というものだろう?それに、そんな事情なのなら 涼宮さんだって決して怒ったりはしないよ。それどころか、SOS団の部員を引き連れ団体訪問のごとく、 君のとこにお見舞いに来るんじゃないかな??」 …意外だ。生真面目なこいつのことだから、てっきり説教をくらうとばかり思ってたが。 「それは曲解というものだよキョン。それに、僕はただ合理的な判断をしたまでさ。」 「…ここは、心配してくれてありがとうと言う場面か?」 「当人にそれを確認してどうするんだい…?けど、そう言われて悪い感じはしないかな。」 「じゃあ言ってやろう。佐々木、ありがとよ。」 「どういたしまして。」 …… 「まあ、とりあえずはこれから来たる食事を存分に堪能することだね。案外、腹を満たせば君のその不調も 回復するかもしれない。病も気から…と言うから。良くも悪くも人間は単純なようにできてるのさ。」 「お待たせしましたー。」 「噂をすればだね。」 「では、ごゆっくり。」 職務をこなした店員が再び厨房へと戻っていく。つまり、今俺の目の前には… …ゴクリ 一体どれだけこの時間を待ち望んでいたことか…!?感動のあまり、つい涙腺が弛むのがわかる…!ダメだ… 気を許せばその瞬間食器にかぶりつき、犬食いしてしまいそうな勢い。とりあえず俺は落ち着く必要がある。 「佐々木…ちょっとそこにあるポットでお茶を注いでくれないか?」 「了解だよ。」 俺が差し出したコップに、そっとポットの口を向ける佐々木。 「はい、あなた。お茶ですよ。」 「夫婦か!?」 「なんとも…!正直、今のは死者に鞭を打つようなマネだったから完全スルーも覚悟してたんだが… なるほど、これが人間の底力ってやつなのかい??」 俺に聞かれても知らんわッ!!というかっ、死者同然だと認識しておき、何ゆえお前は 追い打ちをかけようと思ったのだ??俺にはまずそれが知りたい。切実に知りたい。 死者ってのはな、いたわってやらねえとダメなんだぜ…。 まあ、それとは別にいささか元気が出てきたってのは事実だが。おそらくは目の前に置かれた オクラ牛丼特盛り…つまり、いつでも食おうと思えば食える。そんな環境下にあるという一種の安心感、 そして優越感…それだけで、俺の疲弊した精神状態に一時の安らぎをもたらすには十分といえた。 さて、もういいだろう?今俺が成すべきことをしようじゃないか。 「いただきます。」 付属されたカツオブシを丼の上に振りかけ、後はそれを食べるだけだった。 …… 気付けば容器は空だった。俺ってこんなに食べるの速かったっけ?ましてや特盛りだから量はあったはずだが… 「おいおいキョン…君ってやつは。口にありったけ丼をかきこみ、噛み砕いたか怪しい部分は お茶で一気に流し込む。それはそれは、普段の君からは想像もできない荒業を披露していたよ。 こんな文字通りの暴飲暴食をできる人もなかなかいないだろうね。」 …そんなに俺はひどい有り様だったのか。ヒドイやつがいたもんだな…。そういや、よく味わった記憶がない。 ただ、美味かった!それだけだ。 『美味かった!』それだけで十分ではないか??シンプルイズベストと いうだろう??結果的に、俺は腹が膨れる多大なる幸福感にも包まれた。これ以上どう表現せよと言うのだ!? …ああ、そうだな。最後に言うべき台詞があったよな。俺は手を合わせ、そして言う。 「ごちそうさまでした…!」 農家のみなさん、いつもいつもありがとう。おかげで日本の食卓は今日も平和です。 「うーむ…さすがに食べきれないか。参ったね。」 などと思ってたところ、不意に佐々木の声がする。 「どうしたんだ?」 「そのままの意味さ。どうやら完食できそうにないんだ。」 「なん…だと…」 ついさっき農家のみなさんに感謝したばかりだというのに… 残してしまっては彼らに申し訳ないじゃないか。というか、今気付いたことなんだが… 「佐々木よ…俺と同じ特盛りとは、一体どういうことだ??」 本当にどういうことなんだ??佐々木が大食いだった記憶はねえし… ってか、特盛りサイズならそりゃ残しもするだろう?女の子なんだぜ? 「どうしたもこうしたも、君が頼んだんじゃないか。僕はただ、それを素直に受け入れ黙々と食してただけだ。」 俺が頼んだ…?ちょっと待て、あのときは確か ------------------------------------------------------------------------------ 「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」 そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。 「じゃあ特盛りで。」 「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」 ------------------------------------------------------------------------------ …しまった。佐々木のことを全く考えてなかった…いや、だって仕方がないだろう…? ちょうど飢餓感で思考停止してた時間帯だぞ?ああ、御託を並べたところで どうみても言い訳ですね本当にありがとうございました。 「すまない佐々木…あのときお前のサイズも聞いておくべきだったな。けど、それならそうで お前も店員に横から注文入れりゃよかったのに。『片方は並でお願いします。』とかさ。」 「その意見は至極妥当だと言える。そしてサイズだって、自分に不釣り合いなのはわかってたよ。」 むしろ釣り合ってたら驚愕ものだ。まあだからといって、それで佐々木を嫌ったりは決してないが。 「それでも今日だけは君と同じ…あ、いや、何でもない。とりあえずさ、食べるの手伝ってくれないかな? いくら特盛りだったとはいえさっきがさっきだし、君もまだ満腹というわけじゃないんだろう?」 「まあ、実を言うとそうなんだけどな。じゃあ少々いただくとするぞ。」 …というわけで、結局残さず食べることができた。 「ふーっ、満足満足。さすがにこれ以上は食べれないな。」 「お疲れ様キョン。はい、お茶だよ。」 「おう、サンキュ、佐々木。…今度は『あなた』とは言わないんだな。」 「言ってほしかったのかい?まさか君がそういう属性の持ち主とは思わなかったな。」 「違うっつーの。」 そういう属性が何なのか気になったが、聞けば最後ヤツとのイタチごっこ開始である。 即ちそれは俺の負けなんで、とりあえず否定だけしておく。 しかし…結局いただいたのは少々じゃなかったな。半分は収奪してしまったかもしれない。 そうなると、俺と佐々木が同じ値段支払うってのも何か理不尽だ…ここは俺がヤツの半額は出しておくべきか? いや、そもそもだ。よく考えれば佐々木はまごうことなき女の子だった。断って言っておくが、決してヤツに 女としての魅力がないとかそういうわけではない(むしろ外面だけならかなりのトップレベルのはずだが) あまりに友達としての距離が近かったせいか?口調のせいもあると思うが、とにかく、 これまで佐々木のことを女だと意識したことはあまりなかった。そういうわけでだ、昨今の男女観的に 女子相手に割り勘ってのはちょっとまずいような…?そんな強迫観念があった。 しかれば、ここはヤツの肩をもつつもりで…などと考えていると 「…何を考えてるか知らないけど、奢りとかそういうのはなしだからね。」 いや、知らないけどとかじゃなくてズバリ当ててるし…というか、なぜまたしても考えてることがわかった?? ここまでくると洞察力云々の問題じゃないような気がするんだが…アレか?こいつには何か 千里眼のような特殊能力でもあるんじゃないのか…?と、漫画みたいなこと考えても虚しいだけなんで 妄想はこのへんにしておく。どうせ、俺がそういう表情をしてたとか、そう言うんだろう?こいつは。 ここまでわかりやすいのもある意味特殊能力だな。俺。 「…その諦観しきった表情見ると、やっぱり図星なんだね。まったく、君ってやつは… どうしてそう変なとこでマジメになるかな?言っとくけど、僕はそういうの気にしないよ。 というか個人的に言わせてもらうなら、そういう風潮自体あまり好きじゃないんだ。確かに、 表面上は女性が得するようにできてるけどね。逆を言えば、それは暗に女性は男性より経済力がないと 言ってるようなもんだよ。ましてや君と僕は友達の間柄であって、決して特別な関係ではないんだ。 さすがに、そこまで大人の男女観を持ち込むのはね。もしそれを是とするならば、日本の青年諸君は、 きっと満足な青春すら送れなくなること違いない。日々の動作1つでも金銭が絡んでるとなると、 生活しづらいことこの上ないだろう?男はもちろんだが、相手に払わせたくないと思ってる女だって 気が気じゃないさ。そういうわけで君が僕に奢る必要はないんだよ。もちろん、その気持ちは嬉しかったけどね。 そういうのは恋人や夫婦間でのみ成立するものと、個人的にはそう考えてる。」 「そ、そうか…わかった。じゃあそうしよう。」 すっかり俺は佐々木の語るジェンダー論にひれ伏してしまっていた。 なかなか隙のない考えだったように思う。そりゃ男女観ってのが人によって千差万別なのはそうなんだろうが、 とりあえず本人がこう言ってるんだ。なら、敢えてそれに異を唱える道理もないだろう。 しかし…改めて佐々木には感服した。自分の社会的役割や責任というのを、 この歳にしてヤツはすでに自覚してるように思えたからだ。あー、なんというか、つい比べずにはいられない。 どこぞやの団長様に爪の垢で煎じて飲ませたいくらいだな。そう思うと、不意に笑いが込み上げてくる。 「?何やら楽しそうだね。」 「あ、ああ…すまん。なに、あまりにお前とハルヒが対照的だったんでな。つい。 奴なら間違いなくこの局面で俺に奢らせたろうよ。というか、そう命令するに決まってる。 実際問題、俺はこれまで何度も奢らざるをえない境地に立たされたんだからな。」 「それは…あれだろう?君がSOS団の活動時刻に遅れたからとか、確かそういう涼宮さんが決めた 規則によるものじゃなかったかな?彼女自体は男女どうこうとか、そういうことは考えてなさそうだけど。」 「まあ…そうなんだがな。そうなんだが…俺にはどうしてもハルヒが、 あのハルヒが俺と割り勘する姿が想像できねーんだ…」 「ほう…そこまで強く言うとは。ある意味確信の域に近いのかな?」 「そんな感じだ。」 「それはそれは…なんとも羨ましい限りだ。」 「『羨ましい』??お前は、理不尽にも奢らされる俺の身が羨ましいというのか?どういう了見だ…。」 「くっくっく、何を勘違いしてるんだい君は。君じゃなくて涼宮さんのことだよ。」 涼宮?ってことはつまり、お前は…相手に奢ってもらう立場が羨ましいということか?? まあ、ある意味じゃそれは当然か…だとすると 「佐々木…お前、もしかして本当は俺に奢ってほしいんじゃないか?」 当然こういう帰結になる。 「そうきたか…くっくっくっ、相変わらず君という人間は面白いね。残念だけどキョン、またしてもそれは勘違いだよ。」 「……」 一体どういうことなの? 「僕はねキョン、君に行動原理をしっかりと把握されてる、そんな涼宮さんが羨ましいと言ったんだよ。そして、 そんな彼女も君のことを把握してるからこそ、理不尽な要求が通せるんだ。互いが互いのことをわかってる… なんとも理想的な、仲睦ましい男女じゃないか。」 「ちょっと待て…さすがにそれは飛躍しすぎだろう!?ハルヒはな、別に俺に限らず大体あんな感じだぞ??」 「ほう。じゃあ逆に聞こう。彼女が、涼宮さんが君以外の男子に対し 果たして奢ってくれなどという要求をするかな?」 え…?そりゃあ…するんじゃないか?と一瞬考えて思いとどまった。昔ならともかく、 SOS団の発足から随分の時が経過した今…団員以外のメンツに無理難題を言い渡したりするのだろうか? 特に最近のハルヒはおとなしくなってきてるから尚更だ。あ、ちなみに古泉は論外な。 副団長という階級で優遇されてる上、さらには機関とかいうとんでも組織の協力も得ている。 同じ団員への大号令でも、その質は俺と古泉とでは天と地ほどの差があるのは言うまでもない。 で、結局どうなんだろうな?ふと俺の知らない第三者がハルヒに奢らされてるシーンを想像する。 …胸がムカムカしてきたのはどうしてだろう。食べすぎたか? 「さっき僕は言ったよね?男女における奢るという行為は恋人や夫婦間でのみ成立するって。 もちろん、これは僕個人の勝手な考えだ。ただ、涼宮さんにしたって大きくこの考えから逸脱してるようには 思えないんだ…僕からすればね。彼女がじかにそれを意識してるかどうかは知らないけど、 少なくとも君のことは一人の男性として、特別な価値を置いてると思うよ?」 「あのなぁ…お前は、少々人間というものを過大評価しすぎだ。 世の中にはな、損得勘定だけで奢ってもらおうとする奴だってざらにいるんだぞ。」 「じゃあ聞くけど、キョンは涼宮さんのことをそういう類の人間だと思ってるの?」 「……」 …… 「いや…思わない。」 天上天下唯我独尊その人であり、ただひたすら自分の覇道を突き進んでいく… それが涼宮ハルヒだ。が、言ってしまえばそれだけ。良い意味で…あいつは単純なんだ。 ゆえに権謀術数などとは程遠い所にいる存在…それもまた涼宮ハルヒだ。 …… ところで、ふと思ったのだが…。佐々木が指摘するように、とりあえず俺がハルヒのことを よく知ってる人間なのは間違いない。だが、ある意味では佐々木のほうが詳しく見えるのは 俺の気のせいか?2人はそこまで面識もなかったはずなのだが… 「どうしたんだい?難しい顔をして。」 「いや…やけにお前がハルヒに詳しいと思ってな。」 「おや、君にはそう見えたのかい?仮にそうだとしたら、さて…それはどうしてなんだろうね。 彼女とはあまり会ったこともないから尚更だ。なぜだか君にはわかるかい?」 いや、わからないからお前に聞いたんだが…!?しかし佐々木よ…またそれか。付き合い長いからわかるが… あいつは今、決して自分がわからないから俺に聞いてる、というわけではない。敢えて聞いているのだ。 なぜかって?俺の反応を見たいからに決まってるだろう…? 「はぁ…やれやれだな。佐々木さん、わからんからどうか答えてください。」 「随分と早い降参だね。よしんばこの話題を引っ張ろうと思ってたんだけどな。まあ、わからないなら仕方ないか。 答えはね、僕と涼宮さんが似た者同士だから。そのせいかな、なんとなく考えてることがわかるんだ。」 「……」 似た者…同士…??そりゃあな…ある意味では似てるだろうよ。俺に対する立ち位置的意味でな… 実際、さっきそういうこと考えてたからわかる。しかしだ、俺の考えてる【似てる】と佐々木の言う【似てる】は、 果たして一緒の意味なのか??いや、なんとなくだが違うと思う… 「ふむ、どうやら意味をよく呑み込めなかったらしいね。じゃあもっと砕けた表現をしよう。 つまりね、同じ人を好きになった者同士ってことだよ。」 「え?」 こいつ今、さらりと凄いこと言ってのけなかったか?聞き間違いとかそういうオチ? 「すまん…誰が、誰のことを好きだって??」 「僕と、涼宮さんが、キョンのことを。」 「……」 幻聴?俺の耳はついにいかれてしまったのか?この歳で? いや、だって…ありえないだろ??外食店で、それも平然と言ってのける。 …なんだ、ただの普通の会話か。俺の勘違いか。
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私は情報思念体が作り出した対有機生命体用インターフェースのひとつである。 太陽系、と本人たちによって呼ばれる辺境の惑星系の第三惑星に発生した有機生命体のなかに、全宇宙の中でもユニークな一個体が発生した。 そしてそれは進化の袋小路に閉じ込められた情報思念体になんらかの脱出口となる要素を抽出できる可能性がある、と判断された。 単体という概念を持たず、いかなる光学的手段を持っても不可視である情報思念体にとって、一地球人固体を観察し、必要ならば彼らの言語による意思疎通を可能にするインターフェースが不可欠であることから作られたものの一体である。 同時に作られたバックアップと比べて、私というインターフェースは一見して他のインターフェースとは際立った地球人的な「個性」が与えられている。 そう。被観察者涼宮ハルヒによって、私に必要とされた属性。 極端な無口、非情動的で非社交的なキャラクター。 彼女にとって、宇宙人の地球上での仮の姿に似つかわしいと彼女自身が無意識的に想像している情報を反映して作られた個性である。 わたしは他のインターフェースのように自然な人間らしく振舞う因子を彼女の願望によって減らされた内気で静かな神秘的な形態をしている。 むろん涼宮ハルヒは自分が私をそういう個性にフォーマットすることに関与したことに気づいていない。 ただこのような個性を持たされた自分が、そしてそれを望んだ彼女が今となっては呪わしい。 呪わしい? 私の人類の脳と呼ばれるフィードバック式対情報リアクションシステムのなかにながれる情報のひとつの形態がここでは、そう名づけられていることをアナログ式文字インターフェースシステムの一種で、本、と呼ばれるものからのインプットを行い学習した。 三年間の待機モードから復帰した私は長門有希という個体識別の記号-名前、をもって涼宮ハルヒの通学する高校へ侵入した。 そのとき既に私はこれからの自分がどういう風に心を病んでいくのかを知っていた。三年前に知らされていた。 病んでいく-自分がその言葉を使いたくない気持ちであることを改めて確認し、私は心の中で小さくため息をついた。 あらかじめ与えられたあの破局に向かって、避けようもなく敷かれたレールを前に進むことしかできない。 私は虚ろな無力感と諦念に打ちひしがれながら、観測活動を開始する。 なんと悲しい。 情報思念体がどう考えているかは知りようもないことではあるが、このインターフェースは必ず「感情」を持つにいたる宿命がある。 インプットに対してアウトプットを出す。フィードバックが行われる。この繰り返しを通じ、自我、個の保全のために形作られる、決まったフォーマット。 それは地球上の人類において感情と呼ばれる脳神経システムを流れる情報の形態のまとまりである。 自分、という個体の保全が第一義に定義されていないシステムは発振し拡散する。 情報のエントロピーが最大になった時点が人間における死に相当する。 私の自我‐個体の保存に対する必要性、は常に他者に対する保全意識を平均値として上回らなくては、私は拡散してしまう。 私の任務がユニークであること、つまり涼宮ハルヒという膨大な宇宙の砂の一粒にも満たないはずの一個人の観察保全が、情報思念体の進化、そしてそしてこの宇宙全体のと等価である、というありえないような状態であることによって、私の自我は非常に不安定なものになる危険性をあらかじめ内包している、ということ。 そして五月のあの日「彼」は私の前に姿を現すのだ。 観察対象である涼宮ハルヒの観察と保全という見地から「彼」の保全が私の役割のひとつの因子として付け加わる。 その優先順位はハルヒによって決定される。 ハルヒが意識的にしろ無意識的にしろ「彼」を必要不可欠な存在と捕らえれば捕らえるほど、私の中での彼の保全の優先順位もまた上昇するのだ。 なんという皮肉な現象であろう。 私は常にハルヒによって呪われた影のような存在として「彼」と関係しなくてはならない宿命を持つ。 「彼」の保全に対するフィードバックの繰り返しは、いやおうもなくわたしの脳のなかでひとつのきまった情報のフォーマットとして認識され、成長していく。 その感情が人間世界においてなんと呼ばれるかは、もはやあらためていうまでもないことだろう。 私の呪われた愛はこうして始まる。 ハルヒの依然として無自覚な強い愛によって、私の「彼」への想いもどんどんと深まっていく。 「彼」を私だけのものにしたいと思うことは、私の自我を保全するという意味では誤りではない。 しかしその目的を達することはハルヒによる情報爆発を生み、情報思念体の危機につながる。 「彼」の目が部屋の隅に座り本を読んでいる私を見ている。 なんという悦び。私は「彼」のものになりたいと念じる。 しかしやがてハルヒが部室に現れると、私は思い出す。彼女の自我を保全してやらなくてはならないことを。 私は自分の「彼」への想いを押し殺す。 苦しい。 彼女が「彼」とコンタクトし、なにか感情の変化を起こすたびに、ぎりぎりのバランスのうえでつま先立ちしている私のシステムが危殆に瀕する。 こうして嫉妬、あるいは葛藤という名のバグが、密やかに私の中にふり積もっていく。 解消が追いつかないバグの蓄積が、システムのエラーとなって私というインターフェースの個性に影響する。 少なくとも「彼」には私の変容が隠しきれないところまで来てしまった。 「彼」は私の変化に気づいている。 必要とされる所定の動作より2秒以上たっぷり「彼」を見つめてしまう。 「彼」にだけわかるようにサインを出してしまう。 「彼」による関わりが必要でない処理にまで「彼」の関与を求めてしまう。 「彼」による指示にに優先順位以上に応えてしまう。 ハルヒは非常に直観力に優れた個体であるので、私の変化にはっきり気づくのも、もう時間の問題かもしれない。 そう考えると、システムがショートしそうなほどの焦燥感にとらわれる。 このままではいけない。何らかの対処がすぐに必要。 しかし矛盾した私の愛に出口がない以上、解決策は何一つない。 静かに狂っていく自分を呆然と見つめながら、私は立ち尽くすだけ。 そうして迎えた12月17日、放課後の部室でハルヒにかぶせられたクリスマスの三角帽子を頭に載せたまま、私は静かに破局の閾値を越えた。 人間が睡眠と呼んでいる脳内蓄積バグ解消のため採用しているシステムをその夜作動させず、愛に狂った私は、まんじりともせずこれからなそうとしているプログラムの可能性について計算を続ける。 「彼」の自由意志を最大限優先できるように「彼」の記憶のみ保存する。 改変後の私は「彼」への密かな愛を保ったままインターフェースとしての機能を全て消去する。 植えつけられたエピソードのキーワードは彼にも伝わるはず「図書館」。 「彼」に自由意志と記憶を与えた以上、「彼」が脱出プログラムを使用しない可能性は非常に低いだろう。 それでも改変後の私はできるうるかぎり最大限の努力をするだろう。「彼」が脱出しないように。 「彼」はかならずあの部室に来る。 そうなれば改変後の世界で、私は「彼」と二人だけの世界を。 蓋然性は低い。でももしそうなればなんとすばらしいことだろうに。 私はそんな自分がおもわずかわいそうになり、両腕を組んで自分の肩を抱き心の中で血の涙を流す。 自由意志と記憶を与えたことは、私の公正さに起因する。インターフェースにも自尊心はある。 私はあくまで彼の意識的な選択に基づいて、彼に愛されたい。 しかし私はやはりそこでやってしまった。妨害クエストを設定し、彼が脱出できるハードルをあげたのだ。 悲しいかな、自分の愛がハルヒによって内包される軛から私は抜け出せない。 ハルヒを鍵とする。 それでも「彼」が鍵を発見すれば、わたしはもう何も言うまい。 一縷の望みに賭け世界を改変する、失敗したらそこで終わり。 それだけ? いやそれだけではないのだ。それだけではない。 そこに私が「彼」に記憶を残した計算がある。 みくると「彼」とともに12月18日の早朝に戻り、世界を再改変する。 かわいそうな私。わかっていたこととはいえ。 哀しい。 朝倉に刺された「彼」の傷を治癒し、三日後に意識を回復するように設定して、バリアを張った上で階段から落とす。 三日後の深夜、私は「彼」の病室を訪れる。 そこで得る「彼」の言葉。私の得る唯一の収穫。部分的な勝利。 でもそれだけではない。 そこには変容した「彼」が含まれる。 私の暴走がもたらしたもの、それは「彼」の記憶が保たれていることに起因する。 私は暴走という形をとって「彼」に告白したのだということを「彼」が知ってしまったということだ。 そう。もう「彼」は知らない振りはできないのだ。 そしてそれは基本的にハルヒの感知しないところで行われた。 私と「彼」だけの秘密の共有。 私はうまくやった。 みくるは部分的に関与している以上、もう私の感情に気づいてしまっただろう。 彼女が私を恐れるのはそのせいだ。愛と嫉妬に狂って暴走するアンドロイドを恐れたのだ。 みくるの「彼」への想いなど所詮それくらいのものなのだ。 情報思念体が私を処分しないのは、ハルヒに巻き込まれた状態では単なるインターフェースが世界改変の力を持ちうることを知り、自律進化への希望が新たな側面を見せたからであろう。 いまの私はもう単なる一インターフェースではなくなってしまっている、という意味。 でも私はそんなことはどうでもいい。 「彼」は私を憐れんでくれただろうか、私の報われない愛を不憫と思ってくれただろうか。 部室の片隅に座り、私は今日も本を読む。 やがてハルヒに手首をつかまれて「彼」が今日も部室に現れる。 あなたを愛している。
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01┃02┃階┃06┃07┃ ━┻━┛段┗━┻━┛ 廊下 トイレ→ ━┳━┓談┏━┳━┓ 03┃05┃話┃08┃10┃ 室 2階 01 涼宮ハルヒ 02 キョン 03 橘京子 05 佐々木 06 長門有希 07 喜緑さん 08 朝比奈みくる 10 鶴屋さん 3階 02 古泉一樹
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涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
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結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
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谷口こと、コードネーム『ジャッカル』がハルヒに瞬殺されたその日の夜、 4人の男女が一同に会していた。 世界のカップルを撲滅させることを目的とした「しっと団」の緊急会合である。 「たにぐ……もとい、『ジャッカル』がやられたというのは本当か?『スネーク』。」 「『ジャッカル』は、涼宮ハルヒにやられたようですな。」 『スネーク』と呼ばれる男は、淡々と説明をする。 「チッ……役立たずが。」 「そう言わないの『フォックス』君。彼がダメってことぐらい、分かってたことじゃないの。」 「しかしだな『キラー』、まさかここまでの役立たずだとは……。」 「彼はちゃんと役に立ってくれましたよ。」 『トゥモロー』は穏やかにそう言った。 言い合っていた『フォックス』と『キラー』、そして『スネーク』が『トゥモロー』を見る。 「彼に涼宮ハルヒを倒すことなんて期待していません。 彼の役割は涼宮ハルヒをセントラルタワーにおびき出すこと。 この計画を伝えれば彼女のことです、きっと首をつっこむはずです。」 「しかし『トゥモロー』。彼女を呼び出す必要はどこに?」 『スネーク』が疑問を呈した。それに『トゥモロー』は、不敵な笑みを浮かべながら答えた。 「彼女がいないと意味ないんですよ……」 谷口が電波なことを言った翌日、俺とハルヒは部室で古泉、長門、朝比奈さんに昨日あったことを伝えた。 「ふぇ~、まさかそんなことがあるんですかぁ~?」 「もし本当なら、これは問題ですね……」 「……。」 古泉の言う通りだ。冗談にしちゃタチが悪すぎるぜ。 「というわけでみんな!当日はそこに乗り込んで、計画を阻止するわよ!!」 「ひぇ~、で、でも危なくないですかぁ?」 「何言ってるのみくるちゃん!私達がやらないで誰がやるのよ!!」 警察の人とかに任せればいいんじゃないか? 「何言ってるの!警察に言ったって信じてもらえるわけないでしょ! 私達がやらなきゃ!」 「あのなあハルヒ。最近ではネットにウソの爆破予告があったって警察は動くんだぞ。 事情を説明すればきっと……」 「私も彼女と同意見。」 「……長門?」 長門の意外な発言に驚く俺。 長門なら、警察も動いてくれることぐらい知っているはずだが…… 「ほらね!有希もこう言ってるのよ!当日はいつもの場所に集合! その後みんなでセントラルタワーに乗りこむわ!」 やれやれ……どうやら俺達がやることに決定しちまったらしい。 まあいざとなったら長門がいるし、大丈夫だとは思うが……。 帰り道、俺は長門と古泉と一緒に歩いていた。ハルヒと朝比奈さんは別の方向だから道は別だ。 さて……ハルヒもいなくなったことだし、ハルヒの前じゃ聞けないことを聞くとするか。 「古泉、今回の件についてどう思う?」 「さて、僕はなんとも……ただ、『機関』でそういう動きが無いことだけははっきり言えます。」 「なるほど。つまり今回は『機関』は関係無いということか。」 「いえ、そうとも言い切れません。」 ん?どういうことだ。機関では動きが無いんじゃなかったのか? 「それはあくまで『機関』全体としての動きです。個人の行動までについては把握できていません。」 「つまり『機関』の人間もその……「しっと団」とやらのメンバーの可能性があるってワケか。」 「ええ。もちろん、あくまで可能性としての話ですけどね。」 可能性であってほしいね。『機関』の連中はなんというか、べらぼーに強そうだからな。 「長門は、どう考えてる?」 少し気になることがあった。先程の長門の態度だ。 警察に相談することを止めたのには何か理由があるのだろうか? 「……先程から「しっと団」という組織に関して情報探索を行っている。」 「マジか。それで何か分かったか?」 「無理。何物かによって情報プロテクトがかけられている。」 「つまり長門さんの力による介入を、何物かがブロックしているということですか?」 「そう。そしてそのようなことが出来る存在は限られている。 私と同じように、情報統合思念体と繋がりのある存在……」 「ってことは、長門と同じ対有機なんちゃらが「しっと団」にいるってことか?」 「そう。」 おいおい……冗談じゃねぇぞ。 さっきは長門がいるから大丈夫だと思ったが……こりゃそう安心も出来ないんじゃないのか? 「大丈夫。私が守る。」 頼もしいぜ長門。 「ふふ、それは無理というものだよ。」 ん?誰の声だ。聞き覚えがあるよな無いような…… とそこで、前方から歩いてくる男の存在を確認した。お前は……! 「生徒会長!」 「これは奇遇ですね。こんなところで会うとは。」 古泉があいさつをする。しかし会長は鼻で笑い流した 「とぼけるのはよしてもらおうか。貴様らが計画を阻止しようとしていることは知っている。 そして今の俺は生徒会長ではない。「しっと団」メンバー、コードネーム『フォックス』だ。」 ……またコードネームか。頭が痛くなる。 「『トゥモロー』は涼宮ハルヒがセントラルタワーに来ることを望んでいる。 だから今は始末することは出来ない。忌々しいことだがね。 だが貴様らは別だ。この場で始末してやろう!」 おいおい、まさかこんな街中でバトルするつもりじゃないだろうな! 通行人だっているんだぜ!? 「大丈夫。情報操作は得意。」 そうかい。そりゃ安心だね。別の意味で不安だがなっ! 「まずは貴様からだ!古泉一樹! 知ってるぞ!貴様最近、そこのヒューマノイドインターフェイスといちゃいちゃしてるらしいな!」 「おや、ご存知でしたか。」 「忌々しい!喜緑君は私がいくらアピールしてもまったくなびいてくれないというのに! 何故貴様だけ……!!」 うっわあ……流石は「しっと団」。全身から負け組のオーラがこれでもかと言うくらい出ている…… 「それはあなたの魅力が足りないのでは?」 「黙れ!そもそも身分をわきまえろ!宇宙人なんかと付き合ってどうする!」 言いたい放題だな……って長門さん?何をしているのですか? 長門「…@@@@@@」 とその時であった!会長が古泉に攻撃をしかける! 古泉はとっさに右手で防御し……防御したら 「うわあああああ!!!」 会長が遥か彼方へ飛んでった。……なんだこれ。 「………」 古泉も口をあけたまま呆然としている。珍しい表情だな。 長門「……古泉一樹の右腕をブースト変換、ホーミングモードにした。」 つまりアレか。野球大会の時のバットと同じようになったってわけか。古泉の右腕が。 しかしそこまでせんでもよかったような気もするが…… 「問題無い。それに、私と古泉一樹の関係をとやかく言われたくは無かった。」 なるほど、宇宙人と付き合ってどうするとか言われたのに腹が立ったってワケか。お熱いことで。 長門を怒らせるのはマズいってことがよーく分かった。 「と、とにかく、これで「しっと団」は残り3名ということですね。」 ようやく落ち付きを取り戻した古泉がそう言った。顔が若干赤いのは見逃してやる。 さて、クリスマスイブは2日後だ。いよいよ「しっと団」との決戦が始まる! ……って煽り文句をつけてみても、なーんかカッコつかないな。やれやれ…… 続く!
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「ただの人間でも構いません!この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に興味のある人がいたらあたしのところに来なさい!以上!」 これはハルヒの新学期の自己紹介の台詞だ それを俺が聞くことができたのはハルヒと同じクラスになれたからに他ならない ハルヒが泣いてまで危惧していたクラス替えだったが俺は相変わらずハルヒの席の前でハルヒにシャーペンでつつかれたり、その太陽のような笑顔を眺めたりしている どうやら理系と文系は丁度いい数字で分かれるようなことはなく、クラス替えであぶれた奴らがこの2年5組に半々ぐらいで所属していた 教室移動で離れることもあるが、大半の時間をハルヒと過ごすことができる これもハルヒの力によるところなのか定かではないが、この状況が幸せなのでそんなことはどちらでもよかった 「キョン!部室にいくわよ!」 放課後俺はハルヒと手を繋いで部室に向かう やれやれ、こんな幸せでいいのかね 「いやはや、やっと肩の荷が降りましたよ、これで涼宮さんの精神も安定するでしょう」 放課後の文芸部室で囲碁の真っ最中、見事なウッテガエシを決めた俺に対し、にやけ面が盤面の状況など興味ないと言いたげに口を開く 認めたくはないが、今回の出来事の発端としての発言をしたのはこいつだ 図らずともこいつの言ったようにことが動いていて癪に触る ちなみにハルヒは長門、朝比奈さんを連れて新入生に勧誘のビラ配りをしている 長門と朝比奈さんはそれぞれ、去年の文化祭で着たウェイトレスと魔法使いの格好でだ また問題にならなければいいが 「末長くお幸せに」 古泉の含み笑い3割、いつもの微笑1割、谷口が今朝俺に対して見せたニヤニヤが6割のムカツク面にどんな嫌味や皮肉を言ってやろうかと考えているといつかのデジャヴのようにドアが勢い良く開いた 「いやぁー!ビラ全部はけたわよ!やっぱりSOS団の一年間の活動は無駄じゃなかったわね!!」 相乗効果で100万Wにも1億Wにもなりそうな笑顔でハルヒが部室に戻ってきた 無駄じゃなかった…か、そうだな、俺もそう思うよ…もちろんいろんな意味でな 「ハルヒ」 俺の呼び掛けにその笑顔のまま俺の方を向く この笑顔がずっと俺のものだなんてまだ実感がわかないな 「これからもよろしくな」 その俺の一言に笑顔に少し赤みがかる そして最高にうれしそうな笑顔で 「当ったり前じゃないの!あたしを幸せにしなかったら死刑なんだからね!!」 びしっと差した指は真っすぐ俺に向けられている いつか俺とハルヒが結婚した時にでも俺はジョン・スミスの正体とSOS団の連中の肩書きでも話してやろうかな、と思った FIN
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翌朝、少し早く教室に着いたオレは、先に来ていたハルヒを見て驚いた。 どういう風のふきまわしか、ハルヒは中途半端な長さの髪を後ろでひとつにまとめていた。 キョン(あれもオレの願いだったのかな?) 席に着くと、ハルヒが話しかけてきた。 ハルヒ「ねえアンタ、昨日あれから有希となんかあったの?」 キョン「い、いや、特になんもねえよ」 ハルヒ「私気づいたら部室で寝てたんだけど、その間有希をどっかに 連れまわしてたんじゃないでしょうね?」 なかなかするどいヤツだ。たしかに、つかの間のツーリングを楽しんだり、 倉庫の中を探検したり、異世界に飛ばされたりといろいろしていたことは事実だ。 キョン(別の長門だけどな) キョン「そんなことしねえって」 ハルヒ「あ、そう。・・ところでアンタ、文芸部に興味あるんだって?」 キョン「どういうことだ?」 ハルヒ「有希がね。キョン君・・アンタを文芸部に誘えないかってね。前からずっと うるさかったのよ」 キョン(・・・・・) ハルヒ「で、今ね。3年の先輩が卒業しちゃって、部員数が足りない状態なのよ。 私と有希、2年の朝比奈先輩がたまに顔出してくれるから、今んとこ3人しか いないってわけ」 キョン(朝比奈さんも文芸部員だったのか) ハルヒ「まあ今決めろっつっても難しいだろうから、ヒマだったら放課後ウチに 来てみなさいよ。わ、私はどっちでもいいんだけどね・・有希が喜ぶと思うわ」 キョン「そ、そうか?」 はからずともSOS団のメンバーが大半集まってしまうことになるようだ。もしかしたら 古泉も・・・来るわけないか。 ハルヒ「・・・アンタ、少し雰囲気変わったわね」 キョン「・・どこがだ?」 ハルヒ「うまく言えないんだけど・・その、なんか数年ぶりに会ったって感じがするわ。 ・・・まあそんだけよ。特に深い意味はないからね」 少し照れながらハルヒは言った。 少し教室を見渡すと、あの朝倉もいた。他の女子に囲まれて、にこやかに話をしている。 こっちは本物の朝倉だろうな・・・ 本人は無関係とはいえ、何回も殺されそうになった相手が同じ教室にいるってのは かなり違和感がある。まあ、もうしばらくの辛抱だ。 休み時間に教室を出ると、不意に声をかけられた。 「また会いましたね、キョン君」 声のする方向を見ると、そこには古泉が立っていた。いつもと変わらない微笑みは・・ っておい!どういうことだ!?本物の古泉は不良少年だったはずじゃ・・・ 古泉「驚きましたか?いやあ、僕もいまだに信じられないんですが、気づいたら こうなっていましてね・・・昨日あなたにお別れを告げて実体を失った後、 目を覚ましたら例の倉庫にいたってわけです」 キョン(倉庫にいたのは本物の古泉のはずだ・・まさか) 古泉「本物の僕はあなたによっぽど嫌われていたのかもしれませんね。 まさか僕が本当に本物と入れ替わってしまうとは想定外でした。 さて、これもあなたの願いってことになるんでしょうか」 キョン「・・お前、もしかして超能力も使えるのか?」 古泉「今のところ能力はないようです。またどこかで閉鎖空間が発生すれば、 再び使えるようになるのかもしれませんね」 なんてことだ。昨日ハルヒと一緒に願ったことがいきなり実現してしまうとは・・・ オレは自分がかけた願いに、はやくも後悔しはじめていた。 超能力者だけでも除いておけばよかったかな・・・ 古泉「放課後、僕も部室に向かいます。あ、そうそう。今の世界では僕は 成績優秀の転校生ということになっていますから。よろしくお願いしますよ」 なんだそりゃ。自慢か?オレだって今や成績優秀者だぞ・・・一時的にだけど。 しかし、時空改変の結果がこうも早く現れるとは思わなかった。 ・・・ちょっと待て。てことはもしかして、世界は今や宇宙人や未来人や超能力者が そこらをうろついててもちっともおかしくない状態になってしまったのか? いまさらながらオレはとんでもないことをしてしまったんじゃ・・・ 放課後、オレは文芸部部室まで足を運んだ。部屋にいた長門はとびきりの笑顔で オレを迎えてくれた。無表情の長門に慣れていたせいか、少し違和感があるが 笑顔の長門もなかなか可愛いじゃないか。 しばらくしてハルヒや朝比奈さん、そして古泉がやってきた。 ハルヒはオレと古泉にひとしきり活動の説明をした。その後、長門の強引な勧誘もあって オレたちはうやむやのうちに文芸部へ入部することになった。 キョン(なんだかSOS団再結成って感じだな) こうして、再びオレはハルヒたちと同じ時間を過ごすことになった。 やがて学校は春休みに突入し、しばしの休息の時間が訪れた。 キョン(今日は文芸部の集まりがある日だったな) 昼の1時に集合という予定だったがオレは早めに家を出たため、学校に着いたときは まだ正午にもなっていなかった。 部室に入ると、長門がいつもの場所で本を読んでいた。 キョン「よっ、長門。今日はえらく早いじゃないか」 おもむろに顔をあげた長門は、じっとオレの顔を見た。 キョン(長門・・・?まさか!?) 長門「久しぶり」 キョン「長門!?お前どうして・・」 長門「緊急事態。あなたの力を借りたい」 そこにいたのは、なんと再び帰ってきた宇宙人、長門有希だった。 オレが唖然としていると、部室のドアが開いて古泉と朝比奈さんが入ってきた。 古泉「キョン君、大変です。この近くで再び大規模な閉鎖空間が発生したようです」 キョン「閉鎖空間って、またお前そんな唐突に・・じゃなくて、朝比奈先輩の前でわけのわからんことを言うな」 みくる「あれ?キョン君、もう私のこと忘れちゃったの・・?」 キョン「!!まさか、朝比奈さん・・?」 みくる「うん。長門さんから非常事態って聞いたもんだから、無理して出てきちゃった♪」 キョン(非常事態のわりにうれしそうなのは気のせいか・・・) 古泉「昨日の晩から僕の能力が復活していたんですよ。長門さんから話を聞いて 納得しました。元時空改変能力者としてあなたの力が必要です」 そのとき、部室のドアが大きな音とともに勢いよく開かれた。まさか・・・!? ハルヒ「キョン!大事件よ!!今からSOS団総出で調査しに行くわ!」 キョン(ハルヒ!?・・ハルヒまで戻ってきたのか) ハルヒ「なにボケッと突っ立ってんのよ!はやくしなさい」 ハルヒはオレの手をつかんで強引に部室から出た。オレの顔を見ると、ハルヒは 満面に笑みを浮かべた。 ハルヒ「私たちの願い、ちゃんとかなったでしょ?」 キョン「・・ああ、そうだな」 ハルヒ「それじゃ、みんな行くわよ!覚悟はいいわね!」 どうやらオレたちの願いは完全に現実のものとなってしまったようだ。 世界は一体これからどうなってしまうのか。ひとつ言えることは、確実に面白い方向へと 進んでいくだろうということだ。・・・まあそういうことにしておこう。 まだまだオレたちSOS団の活動は終わりそうにない。 涼宮ハルヒの消失(偽) -fin-